この記事に絵はないです。スミマセン。

起きて食べて寝て
起きて食べて寝て
起きて食べてねる。

こういう生活をずっとしているとふと真夜中なんかに「生きる」ことについて考えてしまう。

「生きる」ってこういうことじゃないだろと。

死んでなかったら生きてることになるのか?

狭くて暗い部屋で「死」訪れるまで過ごす事が、生きることになるのか? 

これじゃあ死刑囚と変わらないじゃないか。悪いことしてないのに。

そんなことは考えないようにしているがふと考えてしまう時がある。

しかし理想的な生活ってなんだ?

大学を卒業して正社員になっていたとしても多分続かないと思う。月曜日、火曜日、水曜日、木曜日、金曜日朝から満員電車に乗って残業をしてクタクタになって帰る。そんな生活私では無理だろう。

もしお金があったら?お金があっても上手く使えずに破産するだろう。一度ギャンブルで負けた人間に大金を渡してはいけない。もちろん借金を返済できたら良いのだがその後は?アルバイトでちまちま生活費を稼ぐだけの生活になるだろう。今と変わらない。

じゃあ億単位でお金があったら?色んな会社に投資したら配当金だけで食べていけるな。働かなくても生きていける。しかも余ったお金で何かできる。

余ったお金で何をする?...特になにかが欲しいとか、なにかを得たいとかも無い。

今までお金を増やすことに執着していて、お金そのものが目的だった。そして自滅した。

そう、私の人生には目標が無いのだ。だから生き甲斐がない。


野生の動物でさえ、立派な意思を持っている。冬に備え食料を確保し、カロリーを接種し、春が来れば子孫を残すため必死に動く。親になれば子のエサを探し回り、外敵に出会えば必死に守る。

立派じゃないか。ただ生きている私より遥かに崇高な生き方をしている。ゴミを漁るカラスも、死骸を貪るありんこも、恥ずかしがり屋のゴキブリちゃんも、私以上に必死に生きている。

なんていうことだ。自分が恥ずかしい。しかも"他の生物の命"を毎日頂いているくせに、私は生きていない。

これでは何のために豚や鳥が死んでいったのか分からないじゃないか。

他の生物の命を奪って生きている訳だから、私は、私自身の命を粗末にしてはいけないと思った。

しかし私のような下層人間になにができる?命を粗末にしないため菜食主義を叫ぶか?全裸になって世界の平和を叫ぶか?それもズレている。

思い返すと...したいことは、一つだけある。それは社会の平等化だ。

私のように自分の欲で破滅した人間は良い...。しかし生まれながらの環境のせいで人生が悪い方に向かっていってしまった人間は救うべきだと思う。

今の世の中格差社会だ。親の年収によって子の教育水準も階層化してしまう。そしてその教育水準の継承は永遠に続く。金持ちは自分の地位を守るからな。

しかし生まれながらにして親がDQNだったり毒親だったりする子供はどうなる?親が貧困層の子供たちはどうなる?その子たちが一番資本主義社会の不利益を受けることになるだろう。

このような二極化構造はますます加速していくだろう。政治家も富裕層からしか生まれないだろうし、改善も見込めない。

だから義務教育の過程においては、教育を平等にするべきだと思う。家に帰って競馬雑誌とタバコくらいしかなくても、子供が教育を受けられる仕組みがあるべきだ。

生まれながらにして教育に差があるのに、社会に出たら「自己責任」はおかしいと思う。だから社会全体で貧困層の子供でも、富裕層の子供でも、親の財力ではなく"自身の能力"と"やる気"によって出世できるようにしてほしい。そしてそんな優秀な人間が政治家になって、今の日本を良くしてほしい。

そして勿論平等の上での競争に負けた人間でも、やる気があれば"再チャレンジ"ができるような制度も作る。

...なんだオレ...夢があるじゃないか。

だったらこの目標のために命を燃やすべきじゃないか。

しかしこの目標を叶えるためには選挙に出て当選するか、国家公務員総合職試験に合格して官僚になる必要があるな...。

いや、方法はそれだけじゃないのでは?本を書いたり、人々の心を動かすような小説なんかを出版し続けるといった方法もあるかもしれない...。

幸い私はブログをしている...。何年かかるか分からないがブログを通じて社会を変えるなんてこともあったりするかもしれない。

人生をただ「生きている」状態から抜け出すために、逆境男、頑張ります。




明日から。

いや、区切りが悪い。やっぱ来年から...。