私は大学生の頃株の取引をしていた。

"BNF"に憧れたのがはじまりである。貯金の100万円からスタートさせ、ビギナーズラックで最初の一月で14万円増えた。その後一年程の期間を得て資産は240万円になっていた。株の話はあまりしたくないが主な手法はデイトレードという手法で、その日の人気銘柄の値幅の激しいものに一日中張り付いてトレードするという手法だった。

大学受験は奮闘したものの国公立に行けず、不本意な私大に入学していたので、そのコンプレックスとつまらない大学生活の捌け口に毎日株をしていた。通学中、授業中、休み時間、ずーっと楽天のアプリと指標を見る2台のスマホでデイトレード。恥ずかしながらこれが格好いいと思っていた。周りの学生を見て「お前らが授業聞いてる間に5万も稼いでる、お前らがバイトして稼ぐ一月の金をこの一瞬で稼いでる」という愚かな優越感に浸っていた。

絶対的な自信を持った私は信用取引に手を出す。大学に行きながら億トレーダーになれる、BNFを越えると本気で思っていた。信用取引を始めて資産は一気に400万円を越えた。この頃から私はお金を増やす楽しさにハマり人生で初めてパチンコに行ったり競艇に行ったりした。

面白いことにそこで人生で初めて沢山友達ができた。大学生で株やギャンブルをしている人は私以外におらず、やり方を聞かれたり一緒にパチンコに行ったりした。

飯も羽振りよく奢り、負けた友達にはお金をしょっちゅう渡していた。講義のレジュメを貰ったりよく世話になる友達だったし、金を貸してもその日の株で勝てるしノーダメージだった。そして大学生活も中盤に差し掛かった頃に私の楽天の口座の資産は684万円になった。腰が悪くなり、座りすぎて痔にもなり、山場を何度も乗り越え決して楽な道では無かったが私はこの金額にたどり着いた。

700万円を越えたらとりあえず400万の奨学金を返済し、残った300万円で車を中古で買おうと妄想を膨らませていた。

当時仲の良かった中川(仮)と山下(仮)という男がいて、彼らも私の影響で株を始めていた。チャートの見方やノウハウを教えたつもりだったが今思えば私の買った銘柄を真似して買うという手法で利益を得ていだけだと思う。私は「どうなっても知らないぞ」と言いつつも自分の腕には自信があったし、あまり深く考えず「今買った方がいいよ」とか「売った方がいいよ」と助言していた。

そんなある日、哲学の講義の時間だったと思う。デカルトがどうこうという話をしているときに私は値上がりの激しい銘柄を信用取引の余力の4割ほどで取引をしていた。左右の席には中川と山下。彼らはパズドラをしていたが私が買いを入れると「何買った?何買った?」と聞いてきて同じ株を買おうとしていた。私は銘柄を教え、若干危ないと思いながらも「いつでも売れるように準備しておけよ」と伝えていた。

かなり値動きが激しい銘柄だった。しかし昨日一昨日と大きく値を上げていて、あともう一段階上がればすぐ売り抜けようと思っていた。二人のことも心配だったが中川と山下の数十万の余力なら火傷してもかすり傷ですむと思っていた。

いけるか?いけないか?もう売るか?そんな緊張の中私はずっと板に貼り付いていた。このドキドキ感とスリルがたまらなく好きだった。隣を見ると中川と山下は退屈になったのかパズドラをまた再開していた。「馬鹿か」と思い自分のスマホを見る。すると





















あ"?














買った株の価格が一気に落ち続けている。点滅するごとに今まで見たことのないような暴落。大口の売りが入り、そこから売り注文の嵐が起こったのだ。瞬く間にストップ安(売れなくなる状態)になり、私はパズドラをしている中川と山下に「今すぐ成行で売れ!」と言ったが遅かった。私も全て成行で注文を入れたが比例配分でのほんの一部しか売ることができなかった。

"安全な"デイトレードでこんなことになるなんて知らなかったし、本当に訳がわからなかった。

その日からの3日間は何も喉を通らず一睡もできず「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい」という心境だった。私の努力の結晶の700万弱が毎日溶けていく。ストップ安が寄り付かない。私は2ch掲示板やヤフーの掲示板に「明日は上がるだろw」とか「この値段は下がりすぎ」と自作自演で何百件も大量に書き込んでいたが全くの無意味だった。

そして残った資産は80万円程だった。私は一週間家に引きこもりずっと寝ていた。またもや夢で本気で過去に戻れないかという現実逃避をしたが全く無意味だった。

ラインには中川と山下からのラインの通知が鳴りやまなかった。責任とらなければいけないと思いながらも「お前のせいだから金をくれ」とせがむ二人に、友達とは一体なんなのかをずっと考えていた。

その後大学で会い、金は今無いからちょっと待ってくれと言うと二人は怒った。そして「金をくれ」から「金を返せ」という言葉に代わり私も反論したが面倒になったので二人に20万ずつを渡した。金銭感覚がおかしくなっていたのもあるが一番には縁を切りたかったのだと思う。

私は絶望的だったがまだ取り返せると本気で思っていた。

残った30万で信用取引をしてまた増やせばいいと思っていたからだ。それはその時「あんなことになったのはたまたま運が悪かったからだ」という考えから離れることはできず、あくまでも自分は株の天才だという慢心から離れられずにいた。

そしてその頃から大学にもあまり行かなくなり家でデイトレードを本気でするようになった。

かし思うように勝てない。訳が分からない。気持ちだけ前にあり身体がついてこないみたいな感覚に陥る。そして30万は24万円になった。

株は30万円がないと信用取引ができない。負けたのにも関わらず自信だけがあった私は

「奨学金のお金を一瞬だけ借りるか.....」

という愚かすぎる発想に至る。

人間「なんとかなる・俺なら勝てる」の慢心は、遭難したときや環境に適応するための本能だと言われているが、本当におろかだったと思う。

私は銀行から授業料に振り込むはずだったお金を引き出し、

株の口座に入れ、

そして思ったように強気のトレードができず、粘ったものの負けに負けを続け、

信用取引もできなくなり、

30万円未満の金でジャグラーをうち、

そこでも負け、

そこからもFXやオンラインカジノに手をだし、

そこでもなんだかんだ負け、

今に至る。























ここで一句!!








負け組です

 どうぞ私を罵って(季語なし)


 逆境男













おわり

次回

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