他人に共感する力や同調するは非常に大事だと思う。

自身この力が無くいつも孤独の道を歩んできた。

"他人がどうであれ自分がどう思っているのかが大事、他人に流されない、他人に依存しない"というのも確かに大事ではあるが、それには高い能力や尊敬が付随しないとただの"ノリの悪い変な奴"というレッテルを貼られてしまう。

私はいつもこの感覚を感じてきた。

それでも何故か私は大多数と少数が争う場合、いつも少数派を応援してしまう。大多数に共感することができない。

"逆張りオタク"と一言で言ってしまえば済むのだが、私にとっては悩ましい問題だ。

特に集団で個人を攻撃する場合や多数派が少数派を支配しているような状況であれば、静観してしまうというか決められた予定調和が崩れるのを応援してしまう。

上手くは表現できないのだが、最近の例で言うと「100日後で死ぬワニ」なんかがそうだ。

詳しくは「100日後に死ぬワニ 炎上」と検索
イラスト

電通案件でした!ってなる前は皆喜んで実況していたのに、いざそうなると手のひらを返したように多くの者が作者を叩きだした。

彼らにとって企業が絡むか絡まないかなんて大した問題じゃないハズなのに、無料で楽しくそれまで読んでいたはずなのに、誰かが発した言葉に多くの者が踊らされる。

そんな"自分の意思"がなく、ただ最多数の意見に便乗して同調する、ただ盛り上がりたいだけの人たちを見ていると一番モヤモヤするというか分かりあえない。

ただ誰かを叩きたいだけ、馬鹿にしたいだけではないのか。

もちろん喜びを共有できることも素晴らしいことだが、集団の負の側面としてそういうことがあることを覚えておかなければならない。

↓作者のツイートに冷たい言葉を浴びせる者や、勝手に無断転載して非道なコンテンツを作る者も


※でもTwitterにモラルを求めるのも野暮かもしれない。 
私は個性や自我の強いいじめの主犯格よりも、そういった取り巻きみたいな連中、自分がいじめられたくないからという理由でいじめに参加するような連中が一番嫌いだ。

何故なら彼らのような"どちらにも転ぶ勢力"がいるからこそ闘いと呼べないような集団対個人という構図ができてしまうからだ。

・・・おっと古傷が疼くのでこの話はこの辺にしておく。

本題に戻ると、この共感力や同調力がそれでも大事なのだ。

この表を見ていただきたい。
スクールカーストのマトリクス1
スクールカーストのマトリクス2
引用:スクールカーストの正体: キレイゴト抜きのいじめ対応 (小学館新書)

表によると、有能なリーダーになるには自己主張力の他にも共感力や同調力が必要不可欠らしい。

また共感力や同調力があればあるほど良いそうだ。
どういう仕組みかは分からないが。




私は恐らく僅かな自己主張力しか無いので、被害リスクが大らしい「いっぱいいる」と表に書かれたタイプなのだろうか。

また何考えているのかわからん奴とも書いてある。

・・・(´・ω・`)



つまり生き抜くには和して同ぜずの心が大事なのらしい。


・・・それにしても自己チュータイプだと...(´・ω・`)

私はむやみやたらに同調、共感する人たちのほうがよっぽど自己中タイプだと思うんだが・・・

人類の生活を変えてきたのは黙々と何かに取り組む職人タイプだと思うんだが・・・

うーん...こういうひねくれさがあるから孤立してしまうんだよなぁ...




追記:「虐待されるワニ」を制作した人は小学舘から起訴されたそうです。 4/10