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私は過去に株の信用取引とギャンブルで失敗し大学をやめた。

大学から姿を消しても誰からも連絡が来なかったがそんなことはどうでもいい。

その時残ったのは奨学金とクレジットカードの借金だけだった。

しかしそのどん底から半年かけて死ぬほど働き、借金の大半を清算した。

現在の私もギリギリの超低空飛行をしているが、この経験があるからまだ大丈夫という自負がある。



「クレジットカードの借金はまだしも、奨学金なんてそんなすぐ返さなくても良いだろwwwwww」

と当時の私は考えていたがちゃんと返さないと下のイモウットが奨学金を借りれなくなるということを知り、事の重大さを理解した。

返還期限猶予制度という先延ばしにする制度もあったが、家族にまで迷惑をかけるので一刻も早く返した方が良いと思いバイト3つを申し込み半年間の地獄のような日々が始まった。

まず申し込んだのは2か月間の期間のコールセンターのバイト。決められた商品をひたすら見境なく客に電話し続けるという地獄のバイト。時給1200円くらいでこれは主に昼から夜 まで働いた。

次に申し込んだのはプール監視員のバイトで溺れる人はいないか、飛び込む人がいないかを監視するバイト。時給1000円で夏のシーズン時の3か月契約。

最後に申し込んだのはコンビニの深夜のアルバイトでひたすら睡魔と戦いながら10時から5時まで働いた。時給1200円。廃棄のからあげ君を食べているのを店長に見られて滅茶苦茶おこられた。

最初の2か月間はこの3つのアルバイトを一日も休まず働いた。
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こんな感じのスケジュールだったと思う。

メンタル面でコールセンターにやられながら、深夜のコンビニでひたすら睡魔と戦う。

睡眠時間は二日に1回の6時間。最初は缶コーヒーを飲んで眠気を凌いでいたが次第に効かなくなり、iherbという海外のサイトで強力なカフェイン錠剤を購入しなんとか働いていた。

だが監視のバイトは基本座っているだけなので非常に眠くなりやすく、人命を預かっていてこれではまずいと思い2か月で辞めた。

しかしこの監視バイトは命を守っているという意識もあり、とてもやりがいがあった。 拡声器でふざけるDQNを注意した時に絡まれて泣いてしまったが。(その時は北島康介みたいな先輩に助けられた)

こうして二か月間一日も休むことなく働いてまず80万円弱くらい稼いだと思う。

体重は10㎏減り、大きなクマもできた。

毎日フラフラとよろけながらも一生懸命コンビニで働く私を見て、バイト仲間のフィリピン人の留学生に「ラスラパンネ」というあだ名をつけられたがよくわからなかった。

おそらくフィリピン語で名誉ある言葉なのだろう。

その後稼いだ80万円弱で今までプールのバイトをしていた時間に株のデイトレードを再開し70万円まで減らして死にたくなった。

睡眠をとらずにそんなことをしても無駄ということを悟った。

それからは新しく時給1100円ピザ屋の宅配のバイトをすることにし、これは半年以上続けた。(後に台風の日にも出勤させられ辞めた。)

コールセンターは契約期間の2ヶ月が経過したので退社し、その分を睡眠時間に回し体力を回復させた。

そしてバイトを始めてから四ヶ月目で最初の二ヶ月間と合わせて合計130万円を稼いだ。

今度は株やギャンブルに使ってしまわぬように即奨学金の返済口座に入れた。

睡眠をとるようにした結果体力も戻ってきたので最期のラストスパートをかけるべく時給1000円カラオケ屋のアルバイトに申し込んだ。

その結果また三つのバイトを掛け持ちすることになりかなりキツかったが最初から「半年だけ頑張る」と決めていたのでなんとか耐えた。

苦しいときはカイジの45組の話を読んで「あれよりはマシ」と自分を励ました。
 
カラオケ屋のバイトは制服を着た学生の男女が部屋内でキスしたりそれ以上のことをヤっているのを見るときが一番精神的に辛かった。

辛かったのでドアをノックして逃げるというピンポンダッシュ的なことをしていた(店員の屑)

でもコールセンターよりはマシだった。

半年間こんなバイト生活をした結果体重は13kg減り、合計200万円は稼いだ。

恐らくこれだけの所得は課税される?のだろうがよく分からないので特に何もしなかった。(オイ)

結果イモウットは特に問題なく大学生になった。

人生で間違いなく一番汗を流した時期だ。

しかしその後期間工という仕事を知り、そっちの方が絶対良かったと後悔した。

その後は週4で働くただのフリーターになり、またギャンブルをしたりしなかったりして今は週1~2くらいしか働いていない。

でもまた本気で金が無くなったらこの時のようにがむしゃらにバイトすればなんとかなるだろうと考えている。


おわり