私の住むアパートの近所にはよく猫が住み着いていた。

嫌がる住民、可愛がって世話をする住民両者共にいたが私は基本的に見守る側だった。

しかしある時からフンなどが問題視され、エサやりが禁止された結果1部の住民を除いて世話をする人はほとんどいなくなった。

おばあさんが「ごめんねぇもうあげられないのよ・・・」と言う様子を見ながら難しい問題だと思いつつ猫たちを観察していた。

しかし数か月たっても猫たちはアパートから離れない。猫たちの様子を見るとまだ太ってる猫も多い。恐らくこっそりエサをあげている人がいたのだろう。

食べる量は減ったのだろうが、猫達はまだ幸せそうだった。


だが一匹だけやせ細っている白黒の猫がいた。


その猫は他の猫と比べてお世辞にも可愛いとは言えず住民から人気が無さそうだった。

いや、正直言ってブサイクだった。


猫なのに蛭子能収みたいな顔をしていた。


「可愛くない猫って存在するのか」と驚いた私だったが同情し、悪いと思いつつもその痩せ細った1匹の猫に限りエサをあげることにした。

律義にもアマゾンでキャットフードを注文して家を出る度に"蛭子猫"のいる草むらに、手に握りしめたキャットフードを目の前に落とし近所の目を避けながらバイトに行くという生活をしていた。

エサをあげる度に蛭子猫は懐き、臭いはキツかったが深夜にお喋りする仲にまでなり、給料日には「ちゅ~る」とかいう猫のおやつを買ってあげたりした。

ここまでしたのは食べる食事も無く、いつも独りで、いつ餓死するか分からないこの猫にどうにか「生きてて良かった」と一瞬でも思ってほしいと思ったのがきっかけだった。

そうやって美化しても、どこかでしたフンの後始末は私がする訳ではないのでルールを破る害悪住民なことに変わりないが。アパート近くのフンはできる範囲で見つけたら掃除はしていた)

....とにかくどこか感情移入してしまうような猫だった。


しかしある日管理人にエサをあげている瞬間を見られてこっぴどく怒られた

大人になってからそんなにも説教されたのは初めてだったので恥ずかしかった。

深夜駐車場で蛭子猫と喋っている時に見られマークされていたらしい。

次やったら追い出すとまで言われ、エサをあげることはやめた

総じて2か月くらいの期間だったが・・・


今思うと120%自分が悪かったと思う。世話をしないのにエサだけやるのは無責任なことだ。

そして同時に飼えなくなった猫を簡単に捨てる人と、猫一匹も飼えない自分の経済力に憤りを覚える。

つまりとにかくエサはあげなくなった。(最後に余ったキャットフードとちゅ~るはこっそり全部あげた)


その後どうなったかというと、管理人の執念ある見張りによってエサをこっそりあげる住民もいなくなり、ほとんどの猫はマンションから見なくなったが、蛭子猫だけはエサをあげていた場所から離れなかった

私は悩んだがそれでもエサはあげなかった。(滅茶苦茶悩んだ)


そして冬になり、春になり蛭子猫はいなくなった。

ある日フッと突然いなくなった。

つまり、どうなったか分からない。


無事に冬を越せたのだろうか。今はどこにいるのだろうか。

考えても分からない。

....。



人間のルールでは野良猫への餌やりは悪であるが、動物をペット化し、不要になれば捨てる人間は悪ではないのか。

そうは言っても無責任なことをしてしまったとも思う。

動物達の幸せを祈り、人間の業の深さを考えながら、この記事を書いた。

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このサイトをいつも見るたび悲しくなる。