子供を生むことは親のエゴなのだろうか。

これは長年の疑問である。

中2チックな疑問だが未だに答えは出ていない。

死ぬ間際に「私の人生は幸せだった。生きていて良かった。」と言える人の割合はどれくらいだろうか。

たしかに生きていて幸せを感じる瞬間はあるが、それよりも不幸せの割合が圧倒的な人生の人もいるだろう。


親が子の一生の幸せを保証できないにも関わらず産むことは果たして良いことなのだろうか。

生きていれば良いことがあると言うが、それは生まれる前の自我すら存在しない"無"に勝るものなのだろうか。

生きているからこそ欲求や執着が生まれ四苦八苦するのだろう。


よく親子喧嘩で


親「あんたなんか産むんじゃなかった!」

子「産めと頼んでない!」


のやりとりがあるが、果たして子の言うことは間違っているのだろうか。


これは親が子に対してそもそも「子を幸せにする」というイメージよりも「子で幸せになる」といイメージを持っているからではないか。

親は「○○歳には学校に行って、○○歳には就職して、○○歳には結婚して~」というイメージを持っている。

親は子の為と言って進学校に行かせようとしたり、有名大学、有名企業に就職させようとするが結局はそれは親自身のイメージ実現の為という場合が多い。


そしてひどい場合には子を産んでもちゃんと育てずに虐待する人や捨てたりする人もいる。

それは本当に残念な親の例だが、 一方でちゃんと子を育てようとしてもお金が無くなって学費が払えなかったり困窮した生活を送るようになっている人もいる。

その場合不利益を被るのは子供だ。

まずそもそも普通に生きてて不幸せな子供もいるだろう。

いじめにもあうし、生きていれば必ず嫌なことか起きる。


「子供を産むことは素晴らしい!」「おめでたいことだ!」と言う人もいるがそれは全て主語に(親にとって)が入る。

「(親にとって)子供を産むことは素晴らしい!」「(親にとって)おめでたいことだ!」

だから子を産むことはエゴである。


いや、....ちょっと待てよと。

これだけで終わるのは味気ない。

何か大切なことを見逃しているのかもしれない。


ちょっと検索して調べてみよう。

 
興味深い記事があった。


まさに先程言った親子の喧嘩の会話で、「そっちが産んだんだろ」という息子の言葉に対する反応のスレッド

....

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....。

コメントを見ると感情的なコメントばかりで全然参考にならなかった。 

しかしある典型的な親子喧嘩の"親"を体現したかのような意見で非常に分かりやすい。

でも「おめーが一番に受精したんだろうが」って意見は違うと思うぞ....。



うーむ、検索してみても「子供を産む"親の"メリット」は山程出てくるが「子のメリット」は全くといって良いほど出て来ない。

ますます子を産むことが親のエゴに思えてきた。


そしてもし子を産むことが本当に「親のエゴ」だとしたら、恐ろしい世界ではないか。


子供を産むこと=つまり親の幸せの為である。

自分の幸福のために子を産む、そしてその子も自分の幸福のために子を産む、その無限ループ。

これは映画「リング」の呪いのビデオ的な恐ろしさがあるのではないか。

そう考えると世の中には「子供はいらない」という人たちも沢山いるが、正統性があるように思う。


いやいや待て待て、これで終わってはどこか悲しい。

もし親にこんな記事書いてると見られたら泣くだろう。

考えろ考えろ、子にとって生まれるメリットを。


というかそもそもこれは人間の話だからまだ良いが、家畜の場合どうなる。

毎日何千億匹も人間の手によって生み出され、殺されていく。

そしてその家畜たちが支えているのが今の人間達だ。

エゴによって産まれた私たちが、エゴによって彼ら家畜の命を奪う。なんだこの構図は....我々に彼らの命を奪ってまで生きていく権利があるのか....?


....

....

....いや、わかった


恐らくこの問題は深く考えたら負けな気がする。


....全てのことに理由が必要なのか?


快楽で子供を作る、厳しい社会、弱肉強食、これらは全て自然の摂理であって理由なんてない。

恐らく、「どうして俺なんて産んだんだ!」に対する答えは


これが自然なのさ」だろう。(坊やだからさはNG)


そして親子二人きりで大自然の中キャンプをすれば100点


更に森の中で交尾する動物を見れば200点、


出産をする動物を見れば300点だ。


自然の世界。そこに理屈なんて無い。

全ての物事に理由が無ければいけない、というのが間違いだったんだ。


美味しいものが食べたいから美味しいものを食べる。

寝たいから寝る。

種を残したいから残す。

生きたいから生きる。


そこに理由なんて無いんだ....。

深く考えてはいけない。

恐らく突き詰めれば突き詰めるほど分からなくなる。



でもそれに対して子供が

寝るのが自然だから学校行かないね

とか言ってきたらどうしよう。













どんなに自分が嫌でも、人生は生きる以外に逃げ場は無い。

それも全力で生きなければならない。


生きる意味なんて深く考えずに生きてる人の方が

結局幸せなのだろう。


多分こういう問題は

自然と社会、本能と理性を両方持つ人間だからこそ 

発生する疑問なのだろう。