参考文献

何かと必死に戦う男達

今、ネット上で幼児型ラブドールを規制するかという議論が活発になっている。

事の発端は規制を求める署名運動であり、現在2500人のうち2300人が署名している。


しかし実際にはTwitter上ではその署名数を圧倒的に上回る反対の声が多くあり、その運動に怒る規制反対派の意見が大多数を占めている

連日この問題について熱弁する謎の弁護士、規制派に対する”論破”の為に1万字レポートを作成した者、怒る男達、その他大勢。

彼らを動かす原動力は果たしてどこにあるのか。

その有り余る執着心とパワーには鬼気迫るものを感じる。


しかし彼らの言う過激なフェミニストとは一体どこにいるのだろうか。

この状況を俯瞰的に見ると、規制反対派は少し過剰に反応しすぎでは無いかと思う。

規制反対派の彼らは、何を求め何を守り、何がしたいのか考えてみた。

幼児ラブドール規制の正当性
まず問題を考えるにあたって幼児型ラブドール規制の正当性を考えてみる。

規制反対派のツイートを見るに、規制反対派は「幼児型ラブドールが引き金になって現実世界の子供に被害を与える」という意見に反論がしたいようだ。

しかし幼児型ラブドールの問題を巡っては、決してそれだけが問題では無いと思う。

それは幼児型ラブドールが許容される世の中になると幼児を性的に見ることが社会に許容される社会に繋がるそれが一番の問題なのである。

規制反対派やTwitterの多数の意見では「ラブドールは他人に迷惑をかけないから」「差別をするな」「法律違反じゃないから」というものが多いが、単にそれだけでは簡単に終わらない。

もしも幼児型ラブドールが社会的にも認められると、社会全体で子供を性的に見ること自体が容認され、そしてその社会下で被害をダイレクトに受けるのは罪なき子供達である。

それを危惧する人(特に子を持つ人)が出て来るのは当然のことであり、規制に対して署名する運動が起きてもおかしくは無い。

なので私は「規制しろ」とは思わないが「規制するな」とも思わない。

子供が大人に搾取されることが容認される世の中は決して望まないからだ。


また法律に触れなければ何をしても良い・実行しなければ何を考えても良いというのも大きな間違いだと私は思う。

この世界を作るのは一人一人の思考に他ならない。

良くも悪くも私たちの考える思考は行動に現れバタフライ効果の要領で世界に波及していく。

誰もが思いやり無くして単に「合法かどうか」という判断だけで考えるようになれば世界は間違いなく悪い方向に向かっていくだろう。

それはマスクの転売なんかでも垣間見えたハズだ。



ちなみに私の意見と重なる、そんな感じのことをTwitterで言った人は袋叩きにされている。

気になる方はリプ欄を見て、どうぞ。↓
幼児型ラブドール規制反対派

私が思うに、Twitter上で声をあげている規制反対派の99%が幼児型ラブドールを所持していないだろう。

それなのになぜこの規制署名運動に対してここまで怒るかと言うと彼らはこの問題を通して自分が攻撃されたと思うからである。

幼児型ラブドールと彼らの性癖が一致する部分がある故、防衛反応として反応してしまう。(勿論単に攻撃がしたかったり自己肯定感を満たしたかったりなどそれに当てはまらない人もいるかもしれないが。)

しかし彼らはそれを認めたがらず幼児型ラブドールという自分の延長線上にはあるが違うフィールドのトピックのため「法律」や「権利」を主張し、安全圏から援護射撃ができる。

言わば代理戦争であり、ベトナム戦争や朝鮮戦争の構図と同じだ。

更に匿名性のあるネットであるから、多くの者が連帯感を持って大声で規制反対ができる。

Twitter上での規制反対派も、リアルでは絶対に「幼児型ラブドールを守れ!」なんてことは言えないだろう。

いや、リアルでは言えないからこそネットでの声がここまで大きくなっているのだ。

規制反対派に問いたい、その意見は友達親兄弟の目の前で言えるのかと。

幼児型ラブドールはアニメとも漫画とも違う
児童型ラブドールが廃止なら当然フィギュアも禁止だし、CGや漫画、アニメも禁止になる。

こんな意見があった。しかしこれは全くもって違う。

アニメや漫画は果たして最初から性的消費の為だけに作られるものだろうか。

幼児型ドールは性的消費のためだけに作られ、触れることができ、現実の子供の姿に似せて作られている。

アニメや漫画は空想や妄想を映し出すのに対し、幼児型ラブドールは現実を映し出している。

また仮にこのツイート主のように全部規制されるか、子供の性的搾取が容認されるかの極端な二択になれば、それなら全部規制される世の中の方がまだマシだとは思わないのか。

自分が我慢ができないからと言って子供が危険に晒されて良い訳が無い。

そして規制反対派の「何もかも規制されたら性暴力に走るかもしれない」という意見が訳が分からない。

自分の欲望のためだけに性暴力に走り他人の人生を壊さないと生きることができないなら、私なら自害する。

おわりに

ここまで書いたものの、だんだん自分でもよく分からなくなってきた。

ただ、個人の性癖は自由だが自分の権利や欲求に固執し続けると当たり前に分かるようなことが見えなくなるのだと思う。

私は幼児型ラブドール問題に対して今のところは現状維持で良いと思うし、むしろ私も一体欲しいくらいだ。(普通に人形として)

しかし規制を求める署名運動に対して欲望と恐怖剥き出しで、いい年をした大人達が「フェミニストが!!と怒る姿にみっともないと思っただけだ。(一番言いたかったこと)

そういったみっともない姿を晒すなら規制をされても仕方がない。



....ただ、こういう問題は反論を言い出したらキリがない。

幼児型ラブドールどうこうじゃなくて、自由や権利バックに自分の欲望に固執するのは見苦しいからやめよう。





まあ、こうやって安全圏から批判する私が言うのもアレだが。


フリーターの痛い考えでしたとさ。



 おわり