この世は地獄だと思ってる。

いや、「俺毎日苦しくて生きていけないわ....」とかそういうことを言いたいんじゃない。

これは私が勝手に思ってる話だが、人は永遠とこの世(地獄)を輪廻転生して繰り返しているんだと思う。

そしてその何度も一生を繰り返す中で 罪・弱さ・悲しみ なんかを克服するために生きてるんじゃないか。

つまり修行的な場所だと考えている。


たとえばギャンブル依存性の人は金に執着しすぎて何度も人生を失敗していたり、スケベェな人間は何度も色欲に飲まれて続けていたり(例えが悪い)。

そういう前世の自分が囚われていた執着心や欲望を捨てることが目的なんじゃないか。


また欲望に限らず誰しも生まれながらにして障害や苦難を持っている場合がある。

それは前世の行動やその人の魂によってあらかじめ決まっていて、その障壁のある中でどのようにして生きるかが重要なんだと思う。


....そうでも思わなければ単なる理不尽運ゲーな世界になってしまうよね。というかそうだと信じたい。

ってこれただの仏教じゃん。


仏教といえば興味深いのは地獄。

子供の頃「悪いことをすれば地獄に落ちるよー」と言われていたがこれは今思うと理にかなったシステムだと思う。

これは特権者にとって都合の良い話で、治安維持にすごく効果のある仕組みだ。

現代のような勝ち組と負け組が二極化するような格差社会では「無敵の人」が現れるのは確実で、その社会でも止められない無敵の人を抑止することができるのが「地獄」である。

悪いことをすると死んだ後に超怖いことをされるなんて信じこまされると安易に自爆テロもできないしノーマルに自殺もできない。

法が縛ることのできない人の心にまで侵入し、善く生きる以外に逃げ道を無くされるのだから凄い。

でも繰り返すが地獄なんてのは本当は無い。

本当の地獄があるとするならこの世だ。

カイジの利根川が

「負けて行きつく先が地獄うんぬんというより今....現在ここがすでに....地獄の釜の底なのだ....」

と言っていたがまさにそういうことなのだろう。

だからこの地獄から抜け出す為には執着心を捨てなければならない。

悲しみや不幸が降りかかる世界だが、人生とはそれを乗り越えるためにあるのだと思う。









それともただの運ゲーなのか?