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今日も伝えたいことがあるので記事を書く。


私は今まで沢山の人間を見てきた。

とはいっても社会経験が皆無なので主に学校での話だがスクールカーストの最底辺を歩んできた分、人より多くの人間の負の側面を見てきたつもりだ。

そんな人生の中で「この人は良い人だ」とか「この人は悪い人だ」とかを区別する基準が今日はっきりと分かったので紹介したい。


その区別の基準とは「接する相手によって態度を変えるかどうか」である。

人間的に成長した人は、利害や力関係に関係なく誰にでも平等に接する。

人間的に成長した人は、人の目があるかどうかで行動を変えたりせず立場の弱い人と接しても高圧的にならない。

具体例で言うとそういう人は財布を道端で拾っても平然と交番に届けるし、ポイ捨てもしないし、困っている人がいれば美人であれオッサンであれ同じような態度で接するし、「今これをしても絶対にバレない」というような状況でも行動は変わらない。

コロコロと態度を変えて陰口を言ったりせず、いじめにも加担しない。

そして集団や他人にも流されず、和して同せずの精神を持っている。

そんな人が私は立派だと思うし、心から尊敬する。

誰しもが「あ、この人良い人だ」と思う時は上記のような特徴を無意識に感じ取っているんだと思う。

私の思う立派とはどれだけ人類に貢献したかでも無いし、どれだけ人気かで決まるものではないとも思う。

だから無口で愛想が悪くて誤解されるような人でも、誰に対しても平等に接し思いやりが持てる人間なら立派なのだ。

大事なのは全て行動にある。


「もし前の人がATMにお金を取り忘れていたら?」↓


「もしネクタイが結べない新社会人がいたら?」↓(泣いた)


逆に言うと人によってコロコロ態度を変える人間や人が見ていなければ何をしても良いと思っているような人間は、私は悪人だと認定している。

具体例で言うと財布なんかが落ちていれば即お札を抜き取るしコンビニの傘もパクる。可愛い部下には優しく対応するが男の気に入らない社員にはパワハラをする。満員電車で大人しそうな人を選んで痴漢はするし女性や子供には態度が横柄になる。リアルでは小心者なのに、ネットでは態度が変わってTwitterなんかで叩かれてる人がいれば便乗して自分も叩く。...ような人。

つまり善悪の基準が自分ではなく利害や集団の意にある者は悪人だと思っている


YouTubeに分かりやすい動画があったので紹介する。まさに私が言いたいことを的を得ている動画だ。

この動画では格闘家がオタクのフリをして一般人にポイ捨てを注意するのだが、相手の態度が格闘家だと分かった瞬間コロッと変わる。

「格闘家がオタクの格好をしてポイ捨てを注意する動画」↓(吐いた)


個人的には怨みが原因の殺人事件とかよりも、こういった”社会で時折遭遇する悪”に吐き気を催す邪悪を感じる。


またアニメのカイジ9話からはこのシーン。

カイジを知らない人がこの話だけ見てもワケが分からないと思うが面白いので是非見てほしい。



安藤の方が酷い奴だと思うが、行動の基準が自分では無く常に利害と周りにある古畑のほうも中々に酷い奴である。

カイジはこういったリアルな人間模様があるので面白い。


先程善悪の基準が自分ではなく利害や集団の意にある者は悪人と言ったが、この基準では殆どの人間がこれに当てはまると思う。

何故なら殆どの人間はしばしば簡単に周りに流され簡単に同調圧力で動かされてしまうからである。

クラスでいじめがあっても9割の人間は被害者を助けないし、クラスの雰囲気に流される。

人間は集団で生きる動物だし、いじめるのに快楽を得る動物でもあるからだ。


つまり何が言いたいかと言うと、

利害や周りに関係無く自分の持っている正しさや倫理で行動することが大事だということである。


私はバイトなんかで、ちょっと変な人や陰口を叩かれて嫌われるような人と出会うが平気で陰口を言うような人よりはマトモだと思うのでよく立ち話をしている。


誰にでも平等に接するのが大事...。

会社で働いたことがない私のような人間だからこそ、思えることなのかもしれないが...




(ローソンで傘をパクられたからこの記事を書いた。)





ちなみに最初のハンチョウの絵は、人によって態度を変え弱い人間から搾取する悪人代表として描いた。

スピンオフになったからって調子乗んなよ班長大槻!