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いじめの認知件数は年々上がっているらしい。

でもこのグラフから見るに、
「日本人の子供の残虐性は毎年上がっている!!」というよりは

「僕・私が傷ついたからいじめ」というようないじめ認定のハードルが下がっているからだと思う。

勿論いじめは悪だが、なにもかもいじめ認定することは良くない。

その一例として、「無視」はいじめ認定するべきでないだろう。

ここでいう無視とは完全無視ではなく避ける程度、話しかけられても「あ、うん。」「はい」みたいな素っ気ない態度をとり、授業でのグループワークのような必要な集団作業では意志疎通するが自分からは積極的に話しかけない、というような程度の無視である。

何故無視をいじめ認定するべきではないかというと社会では"関わらない"という行動手段は非常に重要であるからだ。

例えば夜に街を歩けば「オニーサン居酒屋どうよ?」というように声をかけられるし、女性であれはナンパや変質者・犯罪者に話しかけられることもあるし、「金を貸してくれ!!」といった場面なんかでも関わらないという選択肢が必要な時が無数にあるからである。

教師だって電車でヤバい奴に遭遇したら無視するし、社会でもヤバいことをした奴は社会的地位を失い村八分にされる。にも関わらず社会の縮図である教室ではそれが許されず「皆が仲良くしましょう、気が合わない人がいても仲良くしましょう」、これはおかしいだろう。

人の嫌がることをしなければ教室でも友人は自然とできるし、間違った行動をして避けられる、正しいことをしたから避けられない、といった思索を繰り返しながら人は人付き合いを学んでいくのだろう。

悪意のあるいじめとはその間違った行動に漬け込んで集団で攻撃する、無関係の者たちが便乗して弱者を叩く、といったことだと思う。なので個人としての「あ、こいつ関わっちゃいけない奴だ」という考えからの無視や、その人数が増えての結果的に皆が避ける、というような無視はいじめじゃないと思う。

まあけど女子の無視と男子の無視では女子の無視のほうが遥かにハードルが高そうだからまた違ってくるのかもしれないけども。